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ヤエノムテキ

ヤエノムテキ(29歳‘88年皐月賞馬)逝く

1988年の皐月賞などを制したヤエノムテキ(29歳)が3月28日未明に腸閉塞のにより繋養先の北海道・浦河町 日高スタリオンステーションで死んだ。

25日に手術、経過も順調だったものの、その後の再度症状が悪化…
帰らぬ形となってしまった。

四白流星 栗毛の美男子。現役当時は栗東・荻野光男厩舎にて23戦8勝。
3歳2月という遅いデビューではあったものの、ダートの新馬と沈丁花賞で連勝。

初めて芝に挑戦した毎日杯では4着だたものの、抽選をくぐり抜け出走した皐月賞で9番人気から制す。

以後、古馬となった90年の天皇賞・秋では優勝!
オグリキャップ、バンブーメモリーなど同期の強敵を退けて、2つ目のG1タイトルをを手中に収めた。
1988年に東京 芝2000メートルで行われた皐月賞と、2つのG1はどちらも同コースでのものだった。

1991年に種牡馬入

目立った活躍馬は残せず10年に引退。

後は功労馬として同所で余生を送っていたが、今回再びの病状悪化によりこの世を去った。

 

ヤエノムテキは日本の元競走馬。1990年JRA賞最優秀父内国産馬。おもな優勝レースは1988年皐月賞、1990年天皇賞(秋)、京都新聞杯、産経大阪杯、鳴尾記念。東京競馬場の芝2000メートルの元レコードホルダー。国内レーティングの最高は1989年の112。

ヤエノムテキは浦河の宮村牧場という小さな牧場で生まれた。母ツルミスターは3戦未勝利という戦績で、近親にも特に目立った活躍馬はいなかったが、血統にイエローゴッド、ソロナウェー、トサミドリ、トキノチカラとダービー馬を輩出した種牡馬が名を連ねている事から、同馬を管理していた荻野光男調教師の勧めもあって繁殖牝馬となる事ができた。 父ヤマニンスキーは競走成績こそ22戦5勝重賞未勝利と目立たなかったものの、父ニジンスキー母父バックパサーという血統は名馬マルゼンスキーと一緒であり、マルゼンスキーの代替種牡馬としてそれなりの人気を集めていた。

ヤエノムテキ Wikipedia

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